wetchのブログ

他人に見られることを想定していない書き散らかし独習ノート.物理学とかVBAとか.

熱力学界曼荼羅:熱力学正方形の拡張

基本の2次元版

熱力学の基本変数として温度 T,圧力 P,体積 V,エントロピ S を並べる.このとき,共役な変数の対 T\cdot S, P\cdot V が反対側になるようにする.

図1.1 まずは基本の4変数

次に熱力学ポテンシャルを並べる.内部エネルギU微分

\mathrm{d}U(S,V) = T\mathrm{d}S - P\mathrm{d}V \tag{1.1}
の形で書き,S,V の関数なので S,V の間に置く.
ここから \mathrm{d}(TS) を引いたり \mathrm{d}(PV) を足したり*1すると,
\begin{align}
\mathrm{d}H(S,P) &= T\mathrm{d}S + V\mathrm{d}P && エンタルピ \tag{1.2}\\
\mathrm{d}F(T,V) &= -S\mathrm{d}T - P\mathrm{d}V && ヘルムホルツエネルギ \tag{1.3}\\
\mathrm{d}G(T,P) &= -S\mathrm{d}T + V\mathrm{d}P && ギブスエネルギ \tag{1.4}
\end{align}
となるので同様に書き加える.

図1.2 熱力学ポテンシャルを追加した基本形

通常出てくるボルンの正方形から45°回転させた形にはなっているが,これが基本形.

3次元化

基本変数に別の変数のペアを追加しよう.ここでは物質量N と化学ポテンシャル\mu のペアとする.ボルンの正方形を立方体に拡張し,6つの基本変数を6面に対応させる.

図2.1 N, μを加えて3次元化

図1.1はこの立方体を N の面から見ていたことになる.

内部エネルギは式(1.1)から第3項が増えて

\mathrm{d}U(S,V,N) = T\mathrm{d}S - P\mathrm{d}V + \mu\mathrm{d}N
と拡張される.他のポテンシャル(1.2)-(1.4)も実はすべて +\mu\mathrm{d}N が省略されていたと考える.

さらに4つのポテンシャルから \mathrm{d}(\mu N) を引いて,

\begin{align}
\mathrm{d}\triangle(S,V,\mu) &= T\mathrm{d}S - P\mathrm{d}V - N\mathrm{d}\mu  \tag{2.1}\\
\mathrm{d}\square(S,P,\mu) &= T\mathrm{d}S + V\mathrm{d}P - N\mathrm{d}\mu  \tag{2.2}\\
\mathrm{d}\Omega(T,V,\mu) &= -S\mathrm{d}T - P\mathrm{d}V - N\mathrm{d}\mu  \tag{2.3}\\
\mathrm{d}Z(T,P,\mu) &= -S\mathrm{d}T + V\mathrm{d}P - N\mathrm{d}\mu   \tag{2.4}
\end{align}

という4つのポテンシャルが新たに出来上がる.式(2.3)はグランドポテンシャルと呼ばれる.式(2.4)はギブス・デュエム式より 0 になる関数.式(2.1), (2.2)には特に名前はない(ので記号も適当).
結局ポテンシャルが合計8つできあがり,これは立方体の8つの頂点に対応させることができる.

図2.2 熱力学ポテンシャルを3次元的に拡張

2次元版を外側へ拡張

いったん2次元版の図1.2に戻り,ポテンシャル関数の偏微分マクスウェルの関係式のような基本変数同士の偏微分関係を整理していく.

まず内部エネルギ(1.1) の偏微分

\displaystyle \frac{\partial U}{\partial S}=T,\quad \frac{\partial U}{\partial V}=-P
からマクスウェルの関係式の1つ
\displaystyle \left(\frac{\partial T}{\partial V}\right)_S = -\left(\frac{\partial P}{\partial S}\right)_V \tag{3.1}
が出てくる.これはU微分から導かれる関係なので,図でも正方形の U の近くに書いておく.

図3.1 式(3.1)を追加

同様にエンタルピ(1.2)から

\displaystyle \frac{\partial H}{\partial S}=T,\quad \frac{\partial H}{\partial P}=V,\quad \left(\frac{\partial T}{\partial P}\right)_S = \left(\frac{\partial V}{\partial S}\right)_P \tag{3.2}

ヘルムホルツエネルギ(1.3)から
\displaystyle \frac{\partial F}{\partial T}=-S,\quad \frac{\partial F}{\partial V}=-P,\quad \left(\frac{\partial S}{\partial V}\right)_T = \left(\frac{\partial P}{\partial T}\right)_V \tag{3.3}

ギブスエネルギ(1.4)から
\displaystyle \frac{\partial G}{\partial T}=-S,\quad \frac{\partial G}{\partial P}=V,\quad \left(\frac{\partial S}{\partial P}\right)_T = -\left(\frac{\partial V}{\partial T}\right)_P \tag{3.4}

が出てくるので,正方形の外側に書き加える.

図3.2 マクスウェル関係式を並べる

ここでマクスウェルの関係式の並べ方に一工夫してあり,「偏微分で固定する変数」が揃うようにしている.たとえば S を固定する偏微分 (\partial T/\partial V)_S, (\partial T/\partial P)_S の2つは内側正方形の S の近くに来るようにしている.

図3.3 並べ方の一工夫

こうすると,合成関数の微分の公式

\displaystyle \left(\frac{\partial T}{\partial V}\right)_S \left(\frac{\partial P}{\partial T}\right)_S = \left(\frac{\partial P}{\partial V}\right)_S
で関連付けられる3つの偏微分を近づけて配置することができる.

図3.4 Sを固定する偏微分3つの関係

他の箇所にもこの手が使えることから,外側には八角形ができる.

図3.5 外側に偏微分で構成される八角形ができる

基本変数の偏微分はこれで全部書けているのだろうか.偏微分の一般形が
\displaystyle \left(\frac{\partial A}{\partial B}\right)_C\quad (A,B,C=S,T,P,V)
だから,組み合わせを考えると 4! = 24 個ある訳だが,逆関数微分の公式 \partial A/\partial B = (\partial B/\partial A)^{-1} を使えば12個と言っていい.
ここで八角形の上に整理した偏微分の個数を数えるとちょうど12個あり,これで全部出せていることが分かる.

公式を全部使ってない気がする...(熱力学のこの辺の勉強のときにしか使ったことのない)公式
\displaystyle \left(\frac{\partial A}{\partial B}\right)_C \left(\frac{\partial B}{\partial C}\right)_A \left(\frac{\partial C}{\partial A}\right)_B =-1
が図に現れていないが,実はマクスウェルの関係式と合成関数の微分の公式からこれは導出できてしまうのであえて書く必要はなくなった(多分論理的には逆だけど).

まだ全部使ってない気がする...ヤコビアンの関係
\displaystyle \frac{\partial (T,S)}{\partial (P,V)}=1 \tag{3.5}
はマクスウェル関係式とかから導出できるのか? できないのなら書いておかないといけない.T,S,P,V について対称な式なので,図の真ん中に置くしかない.

自由度はいくつ?12個の偏微分のうち,独立なものはいくつあるのか? マクスウェル関係式が4本,合成関数の公式4本,あとヤコビアンの関係式(3.5)1本があるので,結局3つでよさそう.

最終的に2次元版はこうなる:

図3.6 真ん中にヤコビアン追加

いろいろ書き足したので,内側のポテンシャルは邪魔に見えてくる.以下では省略する.

3次元版を外側へ拡張

上述したように,2次元版の正方形(図1.1)は3次元版の立方体(図2.1)を N の面から見たものと考えることができる(なので,式(3.1)-(3.4)の偏微分は実はすべて N が固定されていたことに注意しておく).
では別の面から見たらどうなるか.図2.1を右側の P の面から見てみよう.このとき基本変数は S,T, \mu,N の4つが,ポテンシャル関数はエンタルピ H,ギブスエネルギ G,あと式(2.2), (2.4)の4つが見えることになる.
図3.6と同様に八角形部分を書くと下図のようになる:

図4.1 Pの側から見た八角形.偏微分はすべてP固定.

この図4.1と図3.6とをよく見ると,1か所だけ,(\partial T/\partial S)_{P,N} が共通して出ていることが分かる.つまりこれら2つの図は結合できる.

図4.2 Nの面とPの面は (\partial T/\partial S)_{P,N} で結合できる.

ということは,同様に立方体の残りの S,T,V,\mu の面にも八角形を書くとそれぞれ結合でき,結果として切頂立方体の形で整理できることになる.

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c0/Truncatedhexahedron.jpg
https://ja.wikipedia.org/wiki/切頂六面体

基本変数の偏微分はこれで全部書けているのだろうか.今度は偏微分の一般形
\displaystyle \left(\frac{\partial A}{\partial B}\right)_C\quad (A,B,C=S,T,P,V,N,\mu)
の組み合わせが 6・5・4 = 120 個,逆関数微分は省くと60個になる.
切頂立方体の辺のうち切頂されている辺が3本×8か所=24本あり,これはマクスウェルの関係式より2倍して48個の偏微分に対応する.残りの辺は12本あって12個の偏微分に対応する.よって合計60個,これで全部出せていることが分かる.

自由度はいくつ?分かりません.
一面ごとに3自由度あるので高々18個.しかし隣り合う2面に共通するものが1個ずつあるので,12個引いて残り6個?
変数が60個もあって6自由度しかないの?

さらに高次元に拡張したらどうなるか

基本変数のペアをさらに増やし,内部エネルギを

\displaystyle \mathrm{d}U(S,V,\mathbb{N}) = T\mathrm{d}S - P\mathrm{d}V + \sum_i \mu_i\mathrm{d}N_i
とした場合(\mathbb
{N}=(N_1,N_2,...) は各成分の物質量をまとめて書いたもの),八角形が拡張されて切頂超立方体?ができることになるが,さすがにこれはイラストにはできんなあ.
4次元としても切頂の部分で辺が何本,面が何枚できるのかも分からんし.

*1:ルジャンドル変換の意.